医療を受けて、納得のいかない結果だった時、
手術を受けて、後遺症があった時、
これは医療ミスではないか?
誰しも疑問が生まれます。
その疑問は、解決ができないと、どんどん膨らんでしまい、嫌なものです。
刑事?民事?どこに相談したら良いのだろう?
弁護士はお金がかかるし…
私は、警察OBとして数多くの医療事故を捜査した経験がありますので、その疑問に分かりやすくお答えし、解決するための選択肢についても説明したいと思います。
1 医療事故とは
医療事故は、医療ミス、医療過誤と言われたりしますが、ほとんど同じ意味で、医療上の業務上過失致死傷容疑事案を言います。
つまり、刑事事件で捜査するなら、適用罪名は、刑法第211条の業務上過失致死傷罪であり、有罪であれば、罰則が5年以下の懲役若しくは禁錮、または100万円以下の罰金になる、過失犯です。
過失犯ですから、傷害事件や窃盗事件などの、故意に起こした他の刑事事件と比較して罰則は低く、行為者の罪の意識も低いです。
しかし、医療に寄せた期待を裏切られた被害者感情は悪く、医療側の説明が不十分なときには、納得できないことも多い問題なのです。
2 過失事件とは
そもそも刑罰法令は、故意に罪を犯す人(やってはいけないことと知っていてやる人=故意犯)を処罰することを基本としています。
しかし、間違ってしまった事故だからと言って、軽い気持ちで人を死亡させられたり怪我させられたら、被害を受けた人はたまったものではありません。
ですから、事故を起こしてしまった人(過失犯)であっても、人の死傷に関わることは、個別に過失の処罰規定を設けて処罰の対象にしているのです。
具体的には
窃盗や器物損壊には、過失の処罰規定はありません。
しかし、人の身体の危険に関することは、誤ったからと言って許されるものではありませんから、人の身体の危険に関することは、簡単には考えず、間違いが起きないように十分に注意してやってもらわなければ困るからです。
刑法で過失処罰規定があるものは
過失致死傷罪、失火罪、過失激発物破裂罪(誤って火事や爆発を起こすと、危険だからです。)などがあります。
過失致死傷罪には、過失致死傷罪、重過失致死傷罪、業務上過失致死傷罪の3種類があり、単純な過失致死傷罪より、重大な過失による重過失致死傷罪、業務に関する業務上致死傷罪の方が法定刑が重くなっています。
これは、重大な過失や業務に関する過失は、より高い注意を持って人を死傷させないように気をつけなければならないからです。
3 過失事件の捜査とは?
通常の犯罪である故意犯を捜査するには、事実関係や犯人であることを立証します。
しかし、過失犯の捜査は、これと少し異なります。
先ず
行為と悪い結果との因果関係を立証しなければなりません。
これは、行為者のその行為によって悪い結果が起きたという繋がりを明確にできるかどうかです。
そして、因果関係が立証できたら、
行為者の過失を立証します。
この過失の立証は、注意義務の欠如があるかないかと言うことです。
注意義務とは、事故が起きないように注意するべき義務です。
これは、予見可能性と結果回避可能性を捜査して立証します。
その行為者の知識や経験により、悪い結果が起きる可能性を予見できたか?
そして、その結果が起きないように回避する手段や可能性があったか?
予見可能性と結果回避可能性が両方とも備わっていた時に、注意義務を立証することができるのです。
ですから、故意犯は、犯人を探し出せば立証できる可能性がかなり高い捜査になりますが、過失犯は、行為者が判明していても、その行為と悪い結果との因果関係、行為者の知識や経験から悪い結果を予見することができたか? そして、行為者の知識、技術から悪い結果が起きないように回避することができたか? などを立証する、極めて難しい捜査なのです。
4 作為と不作為
作為とは、行為者の積極的な行為です。
作為によって悪い結果が出たことは、立証できる可能性があります。
では、不作為によるものはどうでしょう。
確かに事故には、やるべきことをやらずに起きてしまったことが多くあります。
ですから不作為による過失事件も当然に存在します。
しかし、不作為とその結果の繋がりをを立証することは、これはなかなか難しいです。
5 医療事故調査とは?
日本医療安全調査機構(医療事故調査・支援センター)での医療事故調査制度のことです。
この制度は
医療の安全のための再発防止を目的としていて、原因を調査するために、医療機関が自主的に医療事故を調査し、再発防止に取り組むことを基本としており、責任追及を目的としたものではありません。
と定められています。
そして、医療事故として検討される対象は、死亡または死産の結果になってしまったものに限定されていますから、重度の障害を負った医療事故などは、この対象にはなりません。
そして、死亡してしまったことが、予期していなかった場合にも限られていますから、死ぬ可能性があることを、家族に説明し、診療録などにも記載されていた場合には、これも対象にはなりません。
医療による死亡事故が発生した場合
当該医療機関が、医療事故と判断した場合は、医療事故調査・支援センターに報告します。
その後、院内調査を行い、その結果を遺族や医療事故調査・支援センターに報告します。
遺族も医療事故調査・支援センターに調査を依頼することができますが、それは、当該医 療機関が医療事故として医療事故調査・支援センターに報告した事案に限られています。
つまり、死亡しなかったものは、医療事故調査の対象ではありません。
医療行為で死亡した場合でも、当該医療機関が医療事故には該当しないと判断した場合には、この制度の対象にはなりません。
ですから、当該医療機関の説明に納得がいかない場合でも、医療機関が医療事故と認めていないものは、医療安全調査機構の調査の対象にはならないということなのです。
6 刑事と民事
裁判をすることによって、事実関係や責任を明らかにすることができます。
裁判には刑事と民事があります。
刑事裁判であれば検察と被告、民事裁判であれば原告と被告のそれぞれ双方が、証拠を提示して、事実関係やその責任の所在を裁判官に判断してもらうことができます。
警察に被害を訴えることは、この刑事裁判へのスタートということであり、警察の捜査は、この刑事裁判の検察側の証拠集めになります。
刑事と民事の裁判の大きな違いは目的です。
刑事裁判は、犯人個人の処罰ですから、その判決には誤りがあってはならならず、疑わしきは罰せずの精神になります。
だから、過失の刑事裁判において有罪になるのは、「その被告人しか、こんな過ちを犯さない!」くらいの大きな過失でなくてはならないのです。
つまり、他の人も間違えてしまうような過失は、個人を処罰する刑事処罰の趣旨にそぐわないことになります。
ですから、数十年前は、医療の安全管理意識も不十分であり、医療過誤が刑事裁判で有罪になった事件もありますが、現在は医療機関の安全管理体制も図られており、医療過誤が刑事事件で有罪になることは、ほとんどありません。
したがって、警察が捜査をして刑事事件として検察庁に事件を送致しても、検察官は起訴せず不起訴にすることが現実なのです。
民事裁判の目的は、犯人の処罰ではなく、被害者の救済ですから、医療行為によって損害を受けたことが明らかになれば、賠償金が認められます。
この刑事と民事の違いを理解しておくことが必要です。
7 弁護士に相談すると
いろいろな弁護士さんがいると思いますが、私がこれまでの医療事故捜査で対応した弁護士さんの印象は、早く解決することより、長引いてお金になった方が徳と考えているのではないということです。
特に医療事故は、他の案件より金額が高いです。
文書を書いて何十万円
一緒に警察に相談に行って何万円
医者に意見書を書いてもらって100万円
という感じでした。
そして、医療過誤に詳しくない弁護士は、相談者に「先ずは、警察に告訴状を出して捜査させましょう。」と言って、相談者に医師を処罰しようという気持ちもないのに、警察に告訴状を提出させ、なんか騒ぎを大きくして、事実の究明を警察任せにしようとすることがあります。
私は、弁護士さんは、そういうふうに騒ぎが大きくなればなるほど、長引けば長引くほどお金が得られるのではないかと思いました。
8 医療行為に疑問を持った時の解決チャート
今までお話ししたことを、分かりやすくチャートにしてみました。

先ずは、担当医師からの説明を受けましょう。
大きな医療機関であれば、その医師の上司も同席してもらって話を聞くこともよいかもしれません。
証拠となる、カルテ(医師診療録)、CT、検査結果などに基づいて説明を受けるようにしましょう。
これで、納得ができればそれで良いと思います。
医学的な知識のない、私たちがどんなに頑張っても、医師と同じように理解することはできないからです。
担当医師の説明に納得ができない場合、その悪い結果が「死亡や死産」という結果であれば、当該医療機関が医療事故として医療安全調査機構に届け出をするのかしないのか?の確認をしましょう。
当該医療機関が医療事故として調査をするのであれば、その調査結果を待ち説明を受けましょう。
この時、調査した医師の中に外部から第三者医師が加わっているのかどうか?その第三者医師の意見が重要になります。
当該医療機関による調査結果に納得がいかない場合は、遺族から医療安全調査機構に調査を依頼することができます。
詳しくは、日本医療安全調査機構のホームページを見てください。
チャートのとおり、
「悪い結果が死亡や死産ではない場合」「医療事故として医療安全調査機構に届け出られない場合」「医療安全調査機構の説明を聞いても納得できない場合」は、自分で解決方法を探さなければなりません。
その場合、「自分で話を聴ける第三者医師を探す」「刑事事件で医師の処罰を訴える」「民事事件で損害賠償を訴える」という手段によって、自分を納得させる方法があります。
9 まとめ
私は、警察官在職中、捜査第一課の医療過誤捜査に長年かかわり、100件近い医療相談を受け、35件くらいを刑事事件として検察庁に書類送致しました。
しかし、1件も起訴された医療過誤事件はありませんでした。
その捜査で知ったことは、人間の身体は、生命は、不確実であるということです。
不確実なことは刑事事件において立証が困難だからです。
車を点検に出して100% 直るのと同じように、病気や怪我をした人間の身体を医療行為によって100% 治ることが当然だと、思ってはいけないということです。
ほとんどの医師は、自分の知識や経験でベストを尽くしていました。
でも、時には、人間の身体は、期待通りの結果を出してくれないこともあります。
そのことを理解して、医療行為から悪い結果が出ても、どこかの段階で納得できるようにしたいものです。
医療行為で納得ができないことがありましたら、私の経験が参考になれば幸いです。
また、このブログでは説明しきれない経験もありますので、お問い合わせいただければ、良いアドバイスさせていただくこともできると思います。